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東京高等裁判所 昭和49年(行コ)73号 判決

控訴人・原告 星野稔

訴訟代理人 久保利英明 外一名

被控訴人・被告 東京都知事 美濃部亮吉 外一名

指定代理人 関哲夫 外四名

主文

一、(一)原判決中、控訴人と被控訴人東京都知事に関する部分を取消す。

(二)控訴人の被控訴人東京都知事に対する訴を却下する。

二、控訴人の被控訴人東京都に対する控訴を棄却する。

三、控訴人と被控訴人東京都知事との間で生じた第一、二審の訴訟費用及び控訴人と被控訴人東京都との間で生じた控訴費用は、いずれも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、

一、原判決を取消す。

二、被控訴人東京都知事が控訴人に対し昭和四六年三月二七日になした東京都職員採用内定の取消処分を取消す。

三、(一) 控訴人と被控訴人東京都との間で、控訴人が被控訴人東京都の建設局職員たる地位を有することを確認する。

(二) (右地位確認の請求が認容されない場合の予備的請求)

被控訴人東京都知事は、控訴人を被控訴人東京都の建設局職員として採用せよ。

四、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。

との旨の判決を求め、被控訴人等代理人は各控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する陳述は原判決の事実摘示と同一である。

証拠〈省略〉

理由

第一、控訴人の被控訴人東京都知事に対する採用内定取消処分の取消を求める請求について。

控訴人が昭和四五年八月二六日被控訴人東京都の職員募集に応募し、東京都人事委員会の採用試験に合格し、同年一二月三日同委員会の採用候補者名簿に登載され、昭和四六年一月二七日被控訴人東京都の建設局職員として採用することに内定されたが、同年三月二七日同局総務部長田神正男名義の書面をもつて右採用内定を取消す旨の通知を受けたことは当事者間に争いがなく、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は昭和四六年一月二八日右田神正男名義の採用内定の通知書を受領したことが認められる。

そこで、右採用内定の取消が行政事件訴訟法第三条第二項の定める抗告訴訟(取消訴訟)の対象である行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に該当するか否かについて検討するに、その前提としてまず採用内定の法律的性質を明らかにする必要がある。

地方公務員法第一五条以下において、地方公共団体の職員の任用につき、その根本基準、欠格事由及び任用方法等に関する規定がおかれているが、任用行為の形式についてはなにらの規定がないので、法律上は任用権者の意思表示が相手方に到達すれば足り、必ずしも辞令の交付などの行為を要するものではないが、地方公務員の任用行為は、地方公務員たる地位の設定、変更を目的とする重要な法律行為であるから、その意思表示は明確になされなければならないと解されるところ、成立に争いのない乙第二号証によつて認められる前記田神正男名義の採用内定通知書の「面接及び身体検査の結果あなたを昭和四六年四月一日付で建設局に採用することに内定いたしましたのでお知らせします。」との記載内容について検討するに、右「内定」の文言自体行政庁の内部的手続の段階にとどまるものであることを示しているものであつて、地方公務員として採用する旨の意思表示と解することができないのみならず、原審証人田神正男及び同行実勇の証言によれば、被控訴人東京都では職員を採用する場合、内規によつて辞令を交付することにより発令することとされており、本件においても昭和四六年四月一日控訴人を含む採用内定者に直接辞令を交付することによつて発令することが予定されていたこと及び採用予定者を内定し、これを相手方に通知するということはなにら法令上の根拠にもとづくものではなく、その趣旨とするところは、募集から発令に至る迄相当の期間を要するものであるところ、採用予定者が内定した段階以後においても書類の提出や採用予定者の身元調査などの諸手続が必要であるのみならず、採用予定者のなかには上級学校への進学や他の職場への就職を希望して東京都に就職することを辞退する者もあるので、東京都としてもできるだけ早期に採用予定者の就職の意思の有無を確認しないと発令手続に支障をきたすなどの理由から、予め採用予定者を内定してこれを相手方に通知し、事務処理上の便宜をはかつているものであること、およそ以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。しかして、右認定によれば、本件採用内定の通知は、被控訴人東京都と控訴人との間で、控訴人を東京都職員(地方公務員)として採用し、東京都職員としての地位を取得させることを目的とした意思表示ではなく、採用発令の手続を支障なく行うための準備手続としての行為に過ぎないものであつて、右通知により被控訴人東京都としては信義則上特段の事由がなければ内定どおりに採用の発令をなすべきものであり、正当な理由がなくみだりに内定を取消したときは、内定通知を信頼し、都職員として採用されることを期待して、他の就職の機会を放棄するなど、東京都に就職するための準備を行つた者に対し損害賠償の責任を負うべきことがあることは格別、本件採用内定通知によつて控訴人が被控訴人東京都の職員たる地位を取得するものとは到底解することができない。

本件採用内定通知により、控訴人が東京都建設局職員として採用され、就労開始の日を昭和四六年四月一日として東京都の職員たる地位を取得したものとし、或いは少くとも控訴人が同年三月二〇日卒業証明書及び保証書を東京都建設局に提出したことにより右地位を取得したものとする控訴人の主張は失当たるを免れず、また右採用内定通知をもつて始期付または条件付採用行為であるとする見解も、当裁判所の採用しないところである。

以上のとおり本件採用内定通知は、採用にいたるまでの準備行為に過ぎないのであつて、これにより被控訴人東京都と控訴人との間で、控訴人につき東京都職員としての地位が設定されるものではないと解される以上、採用内定の取消も控訴人の法律上の地位になにらの変更をきたすものではないから、採用内定の取消をもつて行政庁の処分ということはできないものといわざるを得ず、また上述のとおり、不当に内定の取消がなされた場合には、相手方に損害賠償請求権が認められることがあり得るとしても、右損害賠償請求権は内定取消の取消を待つてはじめて生じるものではないのであるから、控訴人に採用内定取消の取消を求める法律上の利益を肯定することもできないものというべきである。

以上の次第で、採用内定の取消は、行政事件訴訟法第三条第二項の規定する抗告訴訟(取消訴訟)の対象にはならないものと解するのが相当であるから、控訴人の被控訴人東京都知事に対する採用内定取消処分の取消を求める訴は、爾余の点につき判断するまでもなく不適法であつて、却下すべきものである。

第二、控訴人の被控訴人東京都に対する東京都建設局職員たる地位の確認を求める請求について

控訴人の右請求が行政事件訴訟法第四条の定める公法上の法律関係に関する訴訟に該当することには疑いがなく、被控訴人東京都が控訴人の東京都建設局職員たる地位を争つていることは弁論の全趣旨に照らして明らかである以上、控訴人の被控訴人東京都知事に対する採用内定取消処分の取消を求める訴が不適法であるとしても、控訴人の右東京都職員たる地位の確認を求める訴の利益はこれを否定することができないものというべきである。従つて、被控訴人東京都の、この点に関する控訴人の請求は訴の利益を欠くとの本案前の抗弁は失当たるを免れない。

しかしながら、控訴人に対する本件採用内定の通知は、被控訴人東京都知事の、控訴人を東京都建設局職員として採用する旨の意思表示ではなく、単に採用の発令の準備行為であつて、これにより控訴人が東京都建設局職員たる地位を取得するものではないことは、前記第一で説明したとおりであり、他に控訴人が右地位を取得したことを根拠づける事由については、控訴人においてなにら主張するところがない。従つて、控訴人の右請求は失当であつて棄却すべきものである。

第三、控訴人の被控訴人東京都知事に対する東京都建設局職員として採用することを求める請求について

地方公務員の採用は、相手方に地方公務員たる地位を取得させ、地方公共団体との間で特別権力関係を設定する行政処分であると解せられるところ、地方公務員として採用を希望する者が競争試験に合格し、採用資格を取得しても、最終的にその者を採用するか否かを決定することは任用権者の裁量に委ねられているものであり、この理は行政庁において採用を内定し、その旨を相手方に通知した場合においても異なることはないと解すべきである。従つて、控訴人の被控訴人東京都知事に対する、東京都建設局職員として採用することを求める訴は、任用行為という都知事の裁量権の範囲に属する行政処分をなすべきことを請求する訴として、爾余の点につき判断するまでもなく不適法たるを免れず、却下すべきものである。

第四、結論

以上の次第で、控訴人の被控訴人東京都知事に対する採用内定取消処分の取消を求める請求及び東京都建設局職員として採用することを求める請求にかかる訴は不適法として却下すべきものであつて、原判決中右各請求を棄却した部分は不当であるから、民事訴訟法第三八六条の規定により右部分を取消し、控訴人の被控訴人東京都知事に対する訴を却下し、原判決中控訴人の被控訴人東京都に対する東京都建設局職員たる地位の確認を求める請求を棄却した部分は、その理由の一部を異にするが結論において相当であるから、同法第三八四条第二項の規定により控訴人の被控訴人東京都に対する控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第八九条、第九五条及び第九六条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 輪湖公寛 裁判官 後藤文彦)

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